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東京高等裁判所 平成9年(ネ)4146号 判決 1998年8月04日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  本件の基本的事実等

1  請求原因1、2の事実、すなわち、控訴人が平成五年七月ころから平成六年一月ころまでの間に、本件各俳句を創作し、被控訴人会社の編集・出版する本件雑誌の「入選句」欄に、選者を被控訴人丙川と指定して順次投句したこと、被控訴人丙川は本件各俳句を添削し改変した上入選句として選定し、本件各入選句は本件雑誌の平成五年一〇月・一一月号、平成五年一二月・平成六年一月号、平成六年二月・三月号の「入選句」欄に順次控訴人の俳句として掲載されたことは、当事者間に争いがない。

2  そして、《証拠略》によれば、本件雑誌は、俳句の初心者ないし中級者を対象とした学習用の性格をも有する雑誌であり、「入選句」欄においては、指導者である選者の判断により投句者の原句を添削した上で入選句として掲載することがあり得ることを前提として投稿句を募集していたこと、控訴人が投句した当時の本件雑誌の「入選句」欄の投稿句応募要領には、選者が鈴木真砂女と乙山一郎(被控訴人丙川)の両名であるとの記載があり、応募要領として、「はがき一枚に二句までお書きください。応募作品は返却いたしません。」、「はがきには、選者名(お一人)、俳句、住所、氏名、年齢、電話番号を明記してください。すべて裏面にお書きください。」、「兼題は両先生とも自由題(当季雑詠)です。」、「作品は、未発表のものに限ります。二重投稿等はおことわりします。」との記載の外、文字に関する注意事項、締切日、送り先が記載されているが、選者において添削することがある旨の記載や入選句として掲載された場合投句者に著作権使用料を支払う旨の記載はされていなかったこと、並びに控訴人が本件各俳句を投稿した際のはがきには、添削を承諾する旨の記載やこれを拒否する旨の記載はしていなかったことが認められる(なお、当時、「入選句」欄の投稿句応募要領には、選者において添削することがある旨の記載がされていなかったことは、当事者間に争いがない。)。

3  控訴人は、投稿した本件各俳句が添削されることを知らなかったし、黙示にせよ承諾したことはない旨主張しているものである。

二  無断改変による著作者人格権の侵害、名誉棄損に基づく損害賠償請求について

1  事実たる慣習(被控訴人らの抗弁1)について

(一)  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 俳句の世界において、選に際して選者が芸術的な観点や指導上の見地から必要と感じたときに添削を行うということは、古く松尾芭蕉以来行われており、その点は、我が国近代俳句の創始者とされる正岡子規以後も同様である。

(乙第一号証(かつらぎ平成八年一一月号)、乙第二号証(俳文学大辞典)、乙第三号証(去来抄)、乙第二一号証の一ないし三(子規全集四巻)、乙第二三号証の一ないし四(山口誓子「俳句鑑賞の為に」))

(2) 俳句を作る者の発表することができる一般的な媒体としては、結社の発行する結社誌の投句欄又は雑詠欄と、新聞、雑誌の投句欄とがある。

前者の結社誌においては、選に際し添削の行われることが多いが、結社においては、その主催者と投句者との関係が緊密であるから、選に際し添削が行われることは、投句者が当然認識しているところである。

(乙第六号証(俳壇一九九一年九月号)、乙第一三号証(自解一〇〇句選 庄中健吉集)、乙第一七号証(俳句研究平成四年四月号)、乙第一八号証(俳句研究平成四年八月号)、乙第二二号証の一ないし三(ホトトギス巻頭句集)、乙第二六号証の一ないし三(ホトトギス昭和一四年七月号))

(3) 新聞、雑誌の投句欄は、数が多いが、ア 新聞の全国紙、地方紙、イ 一般月刊誌、週刊誌、ウ 「俳句」、「俳句研究」、「俳壇」、「俳句朝日」等の俳句総合誌に分類することができる。

選者と投句者との関係が結社誌におけるほど緊密ではない新聞、雑誌の投句欄においても、古くから、選者による選に際し添削が当然のこととして行われてきた。

本件各俳句の投稿当時においても、選者の一部に、選に際し添削を行わないことを信条とする者もいたが、選に際し添削をする選者のほうが圧倒的に多く、新聞、雑誌の投句欄の大多数においては、選に際し添削が行われていた。なお、朝日新聞の俳句欄では、複数の選者の共通選という形式を採用している関係上、選に際し添削は行われていない。

(乙第一号証(かつらぎ平成八年一一月号)、乙第五号証(俳壇一九九〇年五月号六五頁)、乙第七号証(雪華平成八年一一月号)、乙第一八号証(俳句研究平成四年八月号六九頁)、乙第二一号証の一ないし三(子規全集四巻)、乙第二八号証の一ないし四(森澄雄「俳句のいのち」))

(4) そして、本件各俳句の投稿当時において、右のように選に際し添削を行う新聞、雑誌の投稿規定には、選者の添削がされることがある旨を記載するものはなかった。

(「俳句研究」について、乙第三八の一ないし六の各一、二、乙第三八号証の七ないし一四、丙第二号証の一ないし三、「俳句」について、乙第三九号証の一ないし七、丙第一号証の一ないし三、「俳壇」について、乙第四〇号証の一ないし四、乙第四〇号証の五の一、二、「俳句αアルファ」について、丙第三号証の一ないし三、「毎日新聞」について、乙第四一号証の一ないし六、読売新聞について、乙第四二号証の一、二)

ただし、一部の新聞や雑誌では、投稿規定で選者の添削がされることがある旨を記載していなくても、掲載された句についての評の中で原句を挙げることがあるため(「東京新聞」について、乙第二七号証の一ないし三(中村草田男全集18)、「主婦の友」等について、乙第三一号証の一ないし七(石田波郷全集四巻))、投稿者や読者は、右評によって投稿した句が添削されることがあることを知ることができた。

なお、現在では、本件雑誌に引き続き発行されている雑誌「NHK俳壇」(甲第九品証の一)等で添削に関する断り書きがされているものもあるが、これは、本件訴訟を契機として特に記載されるようになったものである。

(乙第二七号証の一ないし三(中村草田男全集18)、乙第三一号証の一ないし七(石田波郷全集四巻)、甲第九号証の一(NHK俳壇平成一〇年二月号))

(5) 右のとおり、新聞、雑誌の投句欄において、多くの選者が選に際し熱心に添削を行っており、これに対し、投句者からの苦情はなく、あったとしても、極めて例外的なものであった。

本件雑誌の前身である雑誌「婦人百科」の「俳句入門」コーナー、雑誌「趣味講座俳句入門」、雑誌「趣味百科俳句」、本件雑誌、そして現在発行されている「NHK俳壇」においても、添削して掲載されたことに対する不満や苦情は、本件を除いてはなかった。

なお、甲第一八号証(雑誌「ステラ」)中の添削をしてひんしゅくを買った旨の記載は、飽くまで仲間内の句会での出来事であり、新聞や雑誌の投句欄における添削に対するものではないから、右認定を左右するに足りない。

(二)  右(一)に認定の事実によれば、本件各俳句の投稿当時、新聞、雑誌の投句欄に投稿された俳句の選及びその掲載に当たり、選者が必要と判断したときは添削をした上掲載することができるとのいわゆる事実たる慣習があったものと認めることができる。

《証拠略》によれば、本件雑誌には、投稿された句を掲載する「入選句」欄のほかに、「添削教室」欄があったことが認められるが、右「添削教室」が存在するため、本件雑誌の「入選句」欄では添削を行わないとの黙示の了解があったと認めることはできない。

控訴人は、新聞、雑誌の投句欄において、右認定の事実たる慣習が存在したことを争うとともに、その存在を知らなかった旨主張するが、添削をした上掲載することができるとの事実たる慣習が存在したことは、前記の各証拠により十分認定することができ、この認定を左右するに足りる証拠はない上、添削及び掲載についての事実たる慣習が存在したか否かは、控訴人がそのような事実たる慣習を現実に知っていたか否かとはかかわりのない客観的事実の問題である。そして、事実たる慣習が認められる場合には、当事者間において特にこれを排斥しあるいはこれに従わない旨の意思が表明されていない限り、慣習によるとの意思があったものとして法的に取り扱われることがあり得るのである(民法九二条)。

(三)  著作権の同一性保持権を規定する著作権法二〇条は、民法九二条にいう「公ノ秩序ニ関セサル規定」、すなわち任意規定であると解される。さらに、本件において控訴人が本件各俳句を投稿するに当たり、添削をした上で採用されることを拒む旨の意思を表明したとの事情はうかがわれないから、民法九二条にいう「当事者カ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキ」に当たると認められる。

2  そうすると、本件各俳句を添削し改変した行為は、右のような俳句界における事実たる慣習に従ってたものであり、許容されるところであって、違法な無断改変と評価することはできないから、本訴請求のうち、本件各俳句の無断改変による著作者人格権侵害及び名誉棄損をいう損害賠償請求は、理由がない。

三  著作権侵害による損害賠償請求、著作権使用料の請求について

1  本件各俳句につき添削したことをもって違法な無断改変であったと評価することができないことは、前記二に説示のとおりであるところ、添削された本件各俳句(本件各入選句)の本件雑誌への掲載は、前記認定の俳句界における事実たる慣習及び本件雑誌の性格に照らし、控訴人の投稿行為により当然同意されていたものと認めるべきであるから、その掲載が広い意味で被控訴人会社の経済活動の目的に使用されたとしても、そのことに何ら違法性はなく、控訴人の本件各入選句の本件雑誌への掲載が著作権侵害であるとの主張は失当であり、これに基づく損害賠償請求は理由がない。

2  また、前記のとおり、《証拠略》によれば、本件雑誌の「入選句」欄の投稿句応募要領には、投句された句を入選句として掲載するについて、投句者に著作権使用料を支払う旨の記載はないことが認められる。

さらに、右各書証によれば、本件雑誌は、俳句の初心者や中級者に対して句作の指導を行うことを目的とした雑誌であり、その中の「入選句」欄も、同様の目的を有することが認められるから、黙示にも投句者に著作権使用料を支払う旨の合意がされたと認めることはできない。

したがって、控訴人の著作権使用料の支払を求める請求は、理由がない。

(なお、《証拠略》によれば、本件雑誌に引き続き被控訴人会社が発行している「NHK俳壇」平成七年八月・九月号の「編集部から」には、「NHK俳壇テキストでは、読者の皆様のおたよりを募集します。心に残る一句、私の名句鑑賞などの内容で、二五〇字以内にまとめてお送りください。掲載分につきましては、NHK俳壇のテレフォンカードをお送りいたします。」と記載されていることが認められるが、その記載は、そこで募集する「おたより」につき、テレフォンカードを贈ることを意味するにとどまり、本件雑誌の「入選句」欄の入選句の掲載につき著作権使用料を支払うことを何らうかがわせるものではない。)

四  複製等拒絶による著作権侵害に基づく請求について

被控訴人が本件各俳句を投稿した際のはがきについては、前記認定のとおり、投稿句応募要領には「応募作品は返却いたしません。」とされており、これらを被控訴人らが控訴人に複製又は閲覧させる義務を有することを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の複製等拒絶による著作権侵害の主張は理由がなく、これに基づく損害賠償請求も理由がない。

五  控訴人のプライバシー情報の利用に基づく請求について

控訴人は、被控訴人らは許可なく控訴人のプライバシー情報を利潤追求目的に使用したこと(甲第一九号証の「編集部から」の欄)は、プライバシーの侵害であり、名誉棄損である旨主張する。

《証拠略》によれば、「NHK俳壇」平成六年六月・七月号の「編集部から」欄には、「俳句は老人・年配者の文芸であるとよく言われます。・・・実際には、若手俳人の数はもっと多いと思います。ただ、「NHK俳壇」に投句される方の年齢層を見ても、60~70代が大多数ですから、主力が年配者であることは確かです。」と記載されていることが認められ、この事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人会社が、投句のためのはがき(当然、その中には控訴人の投句のためのはがきも含まれることになる。)に記載された投句者の年齢、性別等について統計をとるなどして、その出版する俳句関係の雑誌の編集方針、販売方法などを決める際の参考にしていることが推認される。しかしながら、右に認定した程度の投句のためのはがきに記載された情報の利用行為が違法なものであると解することは到底できない。

また、被控訴人会社が右「NHK俳壇」平成六年六月・七月号の「編集部から」欄に右に認定した程度の記載をしたこと自体についても、各投句者の年齢等が特定されているものではなく、控訴人についての具体的なプライバシー情報も開示しているわけではないから、同様に、違法なものとして不法行為に当たると解することもできない。

したがって、控訴人主張の控訴人のプライバシー情報の利用に基づく損害賠償請求は、理由がない。

六  結論

以上によれば、控訴人の請求は、いずれも理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当というべきである。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成一〇年六月一一日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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